今日6月24日は『五月雨忌』。歌手・村下孝蔵の1999(平成11)年の忌日。
Wikipedia によれば、村下孝蔵は、1953(昭和28)年2月28日、熊本県水俣市の生まれ。子供の頃、ロカビリーに夢中になっていた。ベンチャーズに憧れ、12歳の時映画『エレキの若大将』(1965年公開)で加山雄三の『夜空の星』を聴いたことをきっかけに「ボクも作曲する。歌う。エレキギターも持つ」と言うようになったという。
当時東宝の若手看板スターとして大活躍していた加山の娯楽映画『若大将シリーズ』の一つ『エレキの若大将』では、加山の代表曲である『君といつまでも』(歌詞J-Lyric.netのここ参照)と『夜空の星』(歌詞J-Lyric.netのここ参照)の2曲が挿入歌として歌われていた。いずれも、作詞は岩谷時子で、作曲は弾厚作(加山自身の作曲家としてのペンネーム)である。
いずれも『恋』の歌であり、映画では、『君といつまでも』は戦場ヶ原で若大将の雄一(加山)と恋人役の澄子(星由里子)がデュエットするシーンで歌われ、『夜空の星』は、エレキ合戦のシーンと日光でのシーンに使用されていた。
どちらの曲も大ヒットしたが、当時としては、ちょっと恰好良すぎてキザにも感じられたが加山のような良い男が照れながら言っているから良いのだろうが、「幸せだなァ・・・」の有名なセリフで知られる、『君といつまでも』は350万枚の大ヒットになり、1966(昭和41)年の第8回日本レコード大賞の大本命とされていたのだが、結局大賞は同曲に比べ売り上げ面で劣る橋幸夫の『霧氷』が受賞することとなり、「君といつまでも」は特別賞に留まった。当時それまで、格好良い男性としては石原裕次郎などがいたが、タフガイの石原などとは全くタイプの違う清々しい感じの若大将・加山だからこそ似合う恋の歌という感じである。当時としてはモダンすぎた。まだまだ、橋幸夫や舟木一夫の歌が大もての時代であった。
高校を卒業した村下は得意の水泳で実業団・新日本製鐵八幡製鐵所入社するが9月には、退職し、当時父親が東洋工業に転職して広島市に転居したのを機に、自身も広島へ移り、1972(昭和47)年、日本デザイナー学院広島校インテリアデザイン科へ入学。友達がいなかった村下は、平和公園で一人でギターを弾くことが多かったという。
『エレキの若大将』に憧れ、ベンチャーズに心酔していた村下が、広島でエレキ・ギターをフォークギターに持ち替え、曲作りを始めた理由は、当時の広島は吉田拓郎のコピーをやる人が多く、フォークギターを持たなければ仲間が作れなかったためであったという。
日本デザイナー学院卒業後ヤマハ広島店に就職し、2年間、ピアノ購入契約で実績を挙げ、1975(昭和50)年からはピアノ調律師として勤務する傍ら、ホテルのラウンジで弾き語りのアルバイト等で地道に音楽活動を継続.1979(昭和54)年、26歳の時、ヤマハを退社し自主制作レコード『それぞれの風』を発表。これが地元テレビのディレクターに認められたのがプロとしてデビューするきっかけとなったようだ。
同じ頃、知人のライブハウス店主から勧められ、当時のCBSソニー(現在のソニー・ミュージックエンタテインメント)の全国オーディション(第1回CBS・ソニーオーディション)に応募し、グランプリを獲得。これがきっかけとなって27歳にしてシングル『月あかり』でプロ歌手としてデビューすることになったという。
その後、『春雨』(1981年)、『ゆうこ』(1982年)を発売、そして、1983(昭和58)年、30歳にして発表した5枚目のシングル『初恋』が、オリコンチャートで最高3位を記録する大ヒットとなった(※1参照)。
『初恋』は村下がバラードとして作ったものを編曲家の水谷公生がテンポを上げてポップ系に編曲し、村下がそれを受け入れたことで完成をみた楽曲であったという。
『初恋』発売の前後に村下は肝炎を患い、『初恋 』がヒットしてもテレビ番組にはほとんど出演できなかった。また、肝炎が原因で広島と東京の往復が出来なくなり、1984(昭和59)年末には生活の拠点を東京に移し、同年秋から全国ツアーを開始したが、翌1985(昭和60)年に再び体調が悪化し、入退院を繰り返していたようだ。
その後、1989(昭和64.平成元)年、『陽だまり』、アルバム『野菊よ 僕は…』を、1992(平成4)年シングル『ロマンスカー』を発売するが芳しくはなく、この時期の村下は試行錯誤の末、「自分には"初恋"を越える曲はできんかもしれん」「時代は追いかけるものではなく、巡りくるもの。向こうからやってくるのよ」という境地に至っていたという。
1999(平成11)年6月20日、駒込のスタジオでコンサートのリハーサル中に突然体調不良を訴え、入院。診察で「高血圧性脳内出血」と判明した直後、意識不明の昏睡状態に陥り、僅か4日後の6月24日に死去したという。<享年46歳>。
命日である6月24日は、ヒット曲『初恋』のワンフレーズより、五月雨 (さみだれ。梅雨)の時期であることから「五月雨忌」と呼ばれ、10年以上経過した今でもメモリアルイベントが開催されているそうだ。また、村下の死去から14年を経た2013(平成25)年、故郷水俣市の商店街『ふれあい一番街』に「初恋」の歌碑が建立され、商店街ストリートの名称もこれにちなみ『初恋通り』と改名されたという。
ただ、正直私は村下のことは余り良く知らないのでこれ以上彼自身のことを書く材料がない。従って、今日の「五月雨忌」が彼の最大のヒット曲『初恋』から名付けられたものと言うので巨はそのことに因み、『恋』をテーに書くことにする。まずはそのヒット曲を聞くことから始めよう。
上掲は、村下孝蔵のヒット曲 『初恋』。歌詞は、以下を参照されるとよい。
村下孝蔵 初恋 歌詞- J=Lyric.net
五月雨は緑色
悲しくさせたよ一人の午後は
恋をして寂しくて
届かぬ想いを暖めていた
好きだよと言えずに初恋は
・・・と続く『初恋』の歌の冒頭の歌詞「五月雨は緑色」。どんよりとした梅雨時の景色から、この時期の色としては、はなんとなく薄いグレーを思い浮かばせたりするかもしれないが・・・・。
卯の花月(卯の花の咲く月の意。旧暦4月の 異称)に取って代わる五月雨(旧暦5月に降る雨)は、「卯の花腐(くだ)し」とも呼ばれる。そんな露雨(つゆあめ=梅雨)によってこそ「新鮮な若葉」が映えて来るのだとすると、「五月雨」にふさわしい色は「緑色」と言えるのかも知れない。
そんな梅雨時に一人でいると何となく悲しくて、そして、特に恋をしていると淋(さび)しくもなるものだろう。
【淋】という字にはもともとは「さびしい」という意味はない。元来は水が注いだり、したたるさま、さらに転じて長雨のことを指すようになった(ニコニコ大百科参照)。【淋】を「さびしい」意味に用いるのは日本独特の用法で、おそらくは淋雨(梅雨などの長雨)に降り込まれて行き場のない侘(わび)しさから連想したものだろうといわれている。
「好きだよと言えずに初恋は…」と、青春の甘酸っぱさが曲全体に広がるこの『、初恋』の歌。「30にもなって何を青臭い歌を歌っているんだと思うかもしれないが、今だからこそ歌える歌でもある。中学生の頃の感覚を残しておきたいんです」・・・と村下は言っているそうだ。
歌詞は村下の実体験に基づいたもので、熊本の中学時代、テニス部の女の子を好きになった。放課後の校庭をラケットを握りながら、走り回る可憐な少女。それを校舎の窓から見る孝蔵少年。「好きだよ」のひと言が言えないまま、彼女は転校してしまった。その面影がいつまでたっても忘れられない…。・・・のだと。
この曲、梅雨時の6月に有線放送やラジオのヒットチャート上位に入り、レコード売り上げもアップしたが、切ないフォーク調の歌は、レコードを普段あまり買わない中高年にも支持されたという(※1参照)。
叶わなかった初恋の苦い経験は私にもあるが、それは誰にでもあるのではないか。梅雨時に、バーで独り侘しく飲んでいる時などに有線でこのような歌を聞いていると、いい年したおっさんも若い時のことを思い出して、ちよっとおせんち(sentimental)になったりするものだ。
“初恋”といえば前にも、このブログ10月30日「初恋の日」でも書いたのだが、島崎藤村が『文学界』(1896年)に発表した『初恋』というタイトルの詩を思い出した。この詩を収めた処女詩集『若菜集』(※2「青空文庫」の藤村詩抄参照)は翌1897(明治30)年8月に刊行されている。藤村のこの詩は日本の近代詩を代表する傑作と言われており、多くの人が一度は、中学か高校生の頃に読んでいるのではないだろうか。
まだあげ初めし 前髪の 林檎のもとに 見えしとき
前にさしたる 花櫛の 花ある君と 思いけり
やさしく白き 手をのべて 林檎をわれに あたへしは
薄紅の 秋の実に 人こひ初めし はじめなり
わがこころなき ためいきの その髪の毛に かゝるとき
たのしき恋の 盃を 君が情に 酌みしかな
林檎畑の 樹の下に おのづからなる 細道は
誰がふみそめし かたみぞと 問いたまふこそ こひしけれ
藤村の「初恋」の詩に、若松 甲が曲をつけ、歌手・舟木一夫により歌われた同名の歌『初恋』がある。NHK紅白歌合戦(1969=昭和44年第20回)でも歌われていた。「初恋」は七五調のリズムで書かれていて日本人には馴染みやすい歌だ。「初恋」の詩は4番まであるが、歌では4番は歌われていない。
上掲は、舟木一夫 初恋(昭和46年)
「まだあげそめし前髪」は、「髪をあげてまだ日がたたない少女の前髪」のことであり、髪をあげるとは明治時代では、少女が12、3歳頃になると、肉体的な成熟を迎えたとして、大人になった印に、それまでの振り分け髪(今で云う「おかっぱ」)から髷(まげ)を結い髪形を変えた。
藤村の『初恋』は、単に初々しい恋を詠った作品というよりは、そんな成人を迎え、大人の仲間入りをした女性に、あこがれと淡いエロスを感じている少年の姿を描いた、つまり、この初恋は「禁断の恋」であったようだ(詳しくは、上記の私のブログ「初恋の日」また※3参照)。
「恋をしましょう 恋をして
浮いた浮いたで 暮らしましょ
熱い涙も 流しましょ
昔の人は 言いました
恋はするほど 艶がでる(繰り返し)
・・・と詠ったのは、演歌歌手畠山みどりの『恋は神代の昔から』(作詞:星野哲郎 作曲:市川昭介)。
上掲は、恋は神代の昔から 畠山みどり (1978)
1960(昭和35)年、素人のど自慢番組『トップライトショウ』(ニッポン放送)で優勝したことでレコード会社の関係者の目に入り、日本コロムビアに入社。入社後1年4ヶ月間、船村徹の下でレッスンに通う傍ら、島倉千代子などコロムビアの看板歌手の前座を努めた後、1962(昭和37)年にこの曲でデビューした。扇片手に袴姿という奇抜さもあいまって、畠山の名は一躍、全国に知れ渡ることとなった。
村下が、加山の『夜空の星』を聞いた3年前のこと。歌のタイトルじゃないけれど、“恋は神代の昔から”・・・とはよく言ったもの。
【恋】とは、一般には、特定の異性に強く惹(ひ)かれ,会いたい,ひとりじめにしたい,一緒になりたいと思う気持ち(大辞林 第三版)。また、切ないまでに深く思いを寄せること。恋愛(デジタル大辞泉)。…と解説されている。
「恋に上下の隔てなし」と云うことわざもある。つまり、恋をするのに、家柄(家系や地位)や、貧しさ、豊かさなどの、区別はなく、 お互いの心に、思い抱く気持ちしだいであるということ(「恋に上下の差別なし」とも)。老若男女を問わず昔から誰もが“恋をし、心をときめかせ、また、それが実らず悩んだりしてきたものだ。
現存する日本最古の歌集『万葉集』には、数々の恋の歌がある。その恋・愛の形はさまざまで、その時代を生きた 人たちの心を知る事ができるとともに、今の私たちの気持ちと何ら変わることのない恋の 喜びや苦しみを共有することができる。日本語の中にまだ仮名と呼ばれるものができる前に書かれたもので、 原文は全部漢字で書かれているが、ここでは現代語訳文で大伴坂上郎女の歌を2~3紹介しておこう。訳文等は、※4:「やまとうた」の千人万首:大伴坂上郎女を参照)、
坂上郎女は、大伴安麻呂と石川内命婦の間の子。稲公の姉。大伴旅人の異母妹。家持の叔母、姑でもある。
額田王以後最大の女性歌人であり、『万葉集』には、長歌・短歌合わせて84首が収録されており、女性歌人としては最多入集であり、全体でも家持・人麻呂に次ぐ第三位の数にあたる。
我あれのみぞ君には恋ふる我が背子が恋ふと言ふことは言ことのなぐさぞ(万4-656)
【通釈】私の方が一方的にあなたに恋しているのです。あなたが恋していると言うのは、口先だけの慰めなのですよ。
思へどもしるしも無しと知るものを何かここだく我あが恋ひ渡る(万4-658)
【通釈】いくら恋しく思っても、何の甲斐もないと知っているのに、どうしてこれ程私はずっと恋し続けているのだろう。
やるせないね~、片思いの苦しさがよく伝わってくる歌だ。
黒髪に白髪しろかみ交じり老ゆるまでかかる恋にはいまだ逢はなくに(万4-563)
【通釈】黒髪に白髪が混じって、これほど年寄るまで、こんな恋にはまだ出逢ったことはありませんことよ。
【補記】この歌は、天平元年から二年頃の作と推測され、郎女は30歳前後。この時代の結婚年齢は、 一般的に男性が17~8歳前後で、女性は13歳くらいで結婚していたと言うから、30歳と云えば、おばあちゃん扱いされる年代。
例え女性でも、おばあちゃんと云われる年代になっても、色恋だけは、なくならないもの。いや、相手にされないと思うと余計に恋しさはつのるのかもしれない。これは、男性であっても同じことだろう。
『万葉集』の多くはじつは恋愛の歌である。以下参考※5「たのしい万葉集」では、そんな“恋の歌”を分類し、まとめている。どんな歌があるか興味のある人は覗いてみるとよい。今の私たちの気持ちと何ら変わることのない恋の喜びや苦しみを共有することができるだろう。
たのしい万葉集:恋の歌
○ある一人の人間のそばにいると、他の人間の存在などまったく問題でなくなることがある。それが恋というものである。
ツルゲーネフ(ロシアの小説家 / 1818~1883)
○誠の恋をするものは、みな一目で恋をする。
シェイクスピア(英国の劇作家、詩人 / 1564~1616)
○わたし、おりこうな女になんてなりたくないわ。だって、恋に落ちたんですもの。
リリアン・ヘルマン(米国の脚本家 / 1905~1984)
○恋をして、しかも賢くあることは不可能だ。
フランシス・べーコン(英国の哲学者、神学者、法学者 / 1561~1626)
○我々は恋をすると、現在はっきりと信じているものまでも、疑うようになるということが、しばしばあるものである。
ラ・ロシュフコー(フランスの貴族、モラリスト文学者 / 1613~1680)
○真の恋の兆候は、男においては臆病さに、女は大胆さにある。
ヴィクトル・ユーゴー(フランスのロマン主義の詩人、小説家 / 1802~1885)
○恋は全て初恋です。相手が違うからです。
中谷彰宏(日本の作家、俳優 / 1959~)
昔から、恋にまつわる名言は無数に存在する。先に挙げた名言は、以下参考の※6:「e恋愛名言集」にあるものを引用させてもらった。
日本では、
「恋は盲目」(恋は常識や理性を失わせてしまう,の意。)
『恋は思案の外』(恋は常識や理性では割り切れないものだ。)
『恋は闇』(恋は人の理性を失わせるということのたとえ。また、恋の逢瀬(おうせ)には暗闇が好都合の意にも用いる。)
なんて言葉があるように胸を焦がすような恋に落ちると、人は冷静ではいられなくなる。恋は昔から、人の心を掻き乱し、周りを見えなくさせて、常識や理性を失わせて判断力を狂わせてしまう・・・。これは、誰でも一度は経験があるのではないですか?
最新の科学研究では、どうやらこれらのことが本当あることが明らかになっているのだという。
人は恋に落ちると脳内麻薬といわれる脳の中で分泌されるホルモン”ドーパミン”(快楽ホルモン)が放出され、脳が快感を感じ、これが、→全身に興奮が伝わり、鼓動が早まって胸がドキドキする→恋愛特有の症状が起こる。・・・ことにつながっているのだと言う。つまり、このような脳のメカニズムが関係しているのだそうだ(※7、※8参照)。
そして、男女の結び付きに重要となるドーパミンを意図的に増やことは可能なのだという。ええ・・・!ドーパミンを増やすことができるの?・・・ちょっと気になりませんか。そんな人は、参考※8を参照されるとよい。
ただ, 脳科学的な側面からは、恋がもたらす人体の影響についてわかり始めているが、恋愛に関する心理学の専門家は「恋の感情が雪だるま式に暴走した結果、ストーカー行為を生じることもあるが、残念ながらその原因を突き止めるにはいたっていないらしい(※7参照)。
ストーカー行為にまで行くのは別として、恋に燃えてしまうほど、相手しか見えなくなり、それ以外が見えなくなってしまうことはよくある。好きであるほど、相手一点に集中しすぎてしまうために、脳内バランスが悪くなってしまうのだが、恋に燃えている本人には、「それがなぜ悪い」と分からなくなってしまう。そのため気づかないうちに、友人関係、家族関係、勉強や仕事に集中ができなくなり、学業にも専念できなくなってしまったりする。このようなことは結婚前のまだ若いときであれば、「若気の至り」で許されもするが、結婚後では痛みが大きい。そのため、「恋は盲目」という恥ずかしい経験は、できれば早いうちに経験しておいた方が良いのだろう。
人生80年の時代、健康で長生きするのには、老いても恋心はなくしたくないが、えてして、「老いらくの恋」は行き着くところまで行ってしまうこともある。なかなかうまくゆかないものだが、恋をしたい人は、恋愛にかんする心理学的なものをまとめたブログもあるので、興味があれば、以下参考の※9や10など参照されるとよいだろう。
冒頭の画像は村下孝蔵の CD『初恋~浅き夢みし』ジャケット。絵は村上保の切り紙絵。
参考:
※1:365日 あの頃ヒット曲ランキング 【1983年6月】初恋/村下孝蔵
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/yomimono/music/anokoro/06/kiji/K20110624001067080.html
※2:青空文庫/作家別作品リスト:島崎 藤村
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person158.html
※3:誤解される初恋・・
http://poemculture.main.jp/touson01.html
※4:やまとうた
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/index.html
※5たのしい万葉集
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/index.html
※6:e恋愛名言集
http://rennai-meigen.com/koi/
※7:「恋は盲目」「恋は麻薬」は本当だった! 最新研究で恋がおよぼす影響が明らかに
http://rocketnews24.com/2012/11/19/266596/
※8:蓮香先生の「恋愛」クリニック
http://www.sunmarie.com/msn_renka/index18.html
※9:心理学:恋愛心理(ガールズ)- NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/topic/1M63K
※10:恋愛初心者のための30の基本基本 | HappyLifeStyle
https://happylifestyle.com/2865
村下孝蔵-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8B%E5%AD%9D%E8%94%B5
Wikipedia によれば、村下孝蔵は、1953(昭和28)年2月28日、熊本県水俣市の生まれ。子供の頃、ロカビリーに夢中になっていた。ベンチャーズに憧れ、12歳の時映画『エレキの若大将』(1965年公開)で加山雄三の『夜空の星』を聴いたことをきっかけに「ボクも作曲する。歌う。エレキギターも持つ」と言うようになったという。
当時東宝の若手看板スターとして大活躍していた加山の娯楽映画『若大将シリーズ』の一つ『エレキの若大将』では、加山の代表曲である『君といつまでも』(歌詞J-Lyric.netのここ参照)と『夜空の星』(歌詞J-Lyric.netのここ参照)の2曲が挿入歌として歌われていた。いずれも、作詞は岩谷時子で、作曲は弾厚作(加山自身の作曲家としてのペンネーム)である。
いずれも『恋』の歌であり、映画では、『君といつまでも』は戦場ヶ原で若大将の雄一(加山)と恋人役の澄子(星由里子)がデュエットするシーンで歌われ、『夜空の星』は、エレキ合戦のシーンと日光でのシーンに使用されていた。
どちらの曲も大ヒットしたが、当時としては、ちょっと恰好良すぎてキザにも感じられたが加山のような良い男が照れながら言っているから良いのだろうが、「幸せだなァ・・・」の有名なセリフで知られる、『君といつまでも』は350万枚の大ヒットになり、1966(昭和41)年の第8回日本レコード大賞の大本命とされていたのだが、結局大賞は同曲に比べ売り上げ面で劣る橋幸夫の『霧氷』が受賞することとなり、「君といつまでも」は特別賞に留まった。当時それまで、格好良い男性としては石原裕次郎などがいたが、タフガイの石原などとは全くタイプの違う清々しい感じの若大将・加山だからこそ似合う恋の歌という感じである。当時としてはモダンすぎた。まだまだ、橋幸夫や舟木一夫の歌が大もての時代であった。
高校を卒業した村下は得意の水泳で実業団・新日本製鐵八幡製鐵所入社するが9月には、退職し、当時父親が東洋工業に転職して広島市に転居したのを機に、自身も広島へ移り、1972(昭和47)年、日本デザイナー学院広島校インテリアデザイン科へ入学。友達がいなかった村下は、平和公園で一人でギターを弾くことが多かったという。
『エレキの若大将』に憧れ、ベンチャーズに心酔していた村下が、広島でエレキ・ギターをフォークギターに持ち替え、曲作りを始めた理由は、当時の広島は吉田拓郎のコピーをやる人が多く、フォークギターを持たなければ仲間が作れなかったためであったという。
日本デザイナー学院卒業後ヤマハ広島店に就職し、2年間、ピアノ購入契約で実績を挙げ、1975(昭和50)年からはピアノ調律師として勤務する傍ら、ホテルのラウンジで弾き語りのアルバイト等で地道に音楽活動を継続.1979(昭和54)年、26歳の時、ヤマハを退社し自主制作レコード『それぞれの風』を発表。これが地元テレビのディレクターに認められたのがプロとしてデビューするきっかけとなったようだ。
同じ頃、知人のライブハウス店主から勧められ、当時のCBSソニー(現在のソニー・ミュージックエンタテインメント)の全国オーディション(第1回CBS・ソニーオーディション)に応募し、グランプリを獲得。これがきっかけとなって27歳にしてシングル『月あかり』でプロ歌手としてデビューすることになったという。
その後、『春雨』(1981年)、『ゆうこ』(1982年)を発売、そして、1983(昭和58)年、30歳にして発表した5枚目のシングル『初恋』が、オリコンチャートで最高3位を記録する大ヒットとなった(※1参照)。
『初恋』は村下がバラードとして作ったものを編曲家の水谷公生がテンポを上げてポップ系に編曲し、村下がそれを受け入れたことで完成をみた楽曲であったという。
『初恋』発売の前後に村下は肝炎を患い、『初恋 』がヒットしてもテレビ番組にはほとんど出演できなかった。また、肝炎が原因で広島と東京の往復が出来なくなり、1984(昭和59)年末には生活の拠点を東京に移し、同年秋から全国ツアーを開始したが、翌1985(昭和60)年に再び体調が悪化し、入退院を繰り返していたようだ。
その後、1989(昭和64.平成元)年、『陽だまり』、アルバム『野菊よ 僕は…』を、1992(平成4)年シングル『ロマンスカー』を発売するが芳しくはなく、この時期の村下は試行錯誤の末、「自分には"初恋"を越える曲はできんかもしれん」「時代は追いかけるものではなく、巡りくるもの。向こうからやってくるのよ」という境地に至っていたという。
1999(平成11)年6月20日、駒込のスタジオでコンサートのリハーサル中に突然体調不良を訴え、入院。診察で「高血圧性脳内出血」と判明した直後、意識不明の昏睡状態に陥り、僅か4日後の6月24日に死去したという。<享年46歳>。
命日である6月24日は、ヒット曲『初恋』のワンフレーズより、五月雨 (さみだれ。梅雨)の時期であることから「五月雨忌」と呼ばれ、10年以上経過した今でもメモリアルイベントが開催されているそうだ。また、村下の死去から14年を経た2013(平成25)年、故郷水俣市の商店街『ふれあい一番街』に「初恋」の歌碑が建立され、商店街ストリートの名称もこれにちなみ『初恋通り』と改名されたという。
ただ、正直私は村下のことは余り良く知らないのでこれ以上彼自身のことを書く材料がない。従って、今日の「五月雨忌」が彼の最大のヒット曲『初恋』から名付けられたものと言うので巨はそのことに因み、『恋』をテーに書くことにする。まずはそのヒット曲を聞くことから始めよう。
上掲は、村下孝蔵のヒット曲 『初恋』。歌詞は、以下を参照されるとよい。
村下孝蔵 初恋 歌詞- J=Lyric.net
五月雨は緑色
悲しくさせたよ一人の午後は
恋をして寂しくて
届かぬ想いを暖めていた
好きだよと言えずに初恋は
・・・と続く『初恋』の歌の冒頭の歌詞「五月雨は緑色」。どんよりとした梅雨時の景色から、この時期の色としては、はなんとなく薄いグレーを思い浮かばせたりするかもしれないが・・・・。
卯の花月(卯の花の咲く月の意。旧暦4月の 異称)に取って代わる五月雨(旧暦5月に降る雨)は、「卯の花腐(くだ)し」とも呼ばれる。そんな露雨(つゆあめ=梅雨)によってこそ「新鮮な若葉」が映えて来るのだとすると、「五月雨」にふさわしい色は「緑色」と言えるのかも知れない。
そんな梅雨時に一人でいると何となく悲しくて、そして、特に恋をしていると淋(さび)しくもなるものだろう。
【淋】という字にはもともとは「さびしい」という意味はない。元来は水が注いだり、したたるさま、さらに転じて長雨のことを指すようになった(ニコニコ大百科参照)。【淋】を「さびしい」意味に用いるのは日本独特の用法で、おそらくは淋雨(梅雨などの長雨)に降り込まれて行き場のない侘(わび)しさから連想したものだろうといわれている。
「好きだよと言えずに初恋は…」と、青春の甘酸っぱさが曲全体に広がるこの『、初恋』の歌。「30にもなって何を青臭い歌を歌っているんだと思うかもしれないが、今だからこそ歌える歌でもある。中学生の頃の感覚を残しておきたいんです」・・・と村下は言っているそうだ。
歌詞は村下の実体験に基づいたもので、熊本の中学時代、テニス部の女の子を好きになった。放課後の校庭をラケットを握りながら、走り回る可憐な少女。それを校舎の窓から見る孝蔵少年。「好きだよ」のひと言が言えないまま、彼女は転校してしまった。その面影がいつまでたっても忘れられない…。・・・のだと。
この曲、梅雨時の6月に有線放送やラジオのヒットチャート上位に入り、レコード売り上げもアップしたが、切ないフォーク調の歌は、レコードを普段あまり買わない中高年にも支持されたという(※1参照)。
叶わなかった初恋の苦い経験は私にもあるが、それは誰にでもあるのではないか。梅雨時に、バーで独り侘しく飲んでいる時などに有線でこのような歌を聞いていると、いい年したおっさんも若い時のことを思い出して、ちよっとおせんち(sentimental)になったりするものだ。
“初恋”といえば前にも、このブログ10月30日「初恋の日」でも書いたのだが、島崎藤村が『文学界』(1896年)に発表した『初恋』というタイトルの詩を思い出した。この詩を収めた処女詩集『若菜集』(※2「青空文庫」の藤村詩抄参照)は翌1897(明治30)年8月に刊行されている。藤村のこの詩は日本の近代詩を代表する傑作と言われており、多くの人が一度は、中学か高校生の頃に読んでいるのではないだろうか。
まだあげ初めし 前髪の 林檎のもとに 見えしとき
前にさしたる 花櫛の 花ある君と 思いけり
やさしく白き 手をのべて 林檎をわれに あたへしは
薄紅の 秋の実に 人こひ初めし はじめなり
わがこころなき ためいきの その髪の毛に かゝるとき
たのしき恋の 盃を 君が情に 酌みしかな
林檎畑の 樹の下に おのづからなる 細道は
誰がふみそめし かたみぞと 問いたまふこそ こひしけれ
藤村の「初恋」の詩に、若松 甲が曲をつけ、歌手・舟木一夫により歌われた同名の歌『初恋』がある。NHK紅白歌合戦(1969=昭和44年第20回)でも歌われていた。「初恋」は七五調のリズムで書かれていて日本人には馴染みやすい歌だ。「初恋」の詩は4番まであるが、歌では4番は歌われていない。
上掲は、舟木一夫 初恋(昭和46年)
「まだあげそめし前髪」は、「髪をあげてまだ日がたたない少女の前髪」のことであり、髪をあげるとは明治時代では、少女が12、3歳頃になると、肉体的な成熟を迎えたとして、大人になった印に、それまでの振り分け髪(今で云う「おかっぱ」)から髷(まげ)を結い髪形を変えた。
藤村の『初恋』は、単に初々しい恋を詠った作品というよりは、そんな成人を迎え、大人の仲間入りをした女性に、あこがれと淡いエロスを感じている少年の姿を描いた、つまり、この初恋は「禁断の恋」であったようだ(詳しくは、上記の私のブログ「初恋の日」また※3参照)。
「恋をしましょう 恋をして
浮いた浮いたで 暮らしましょ
熱い涙も 流しましょ
昔の人は 言いました
恋はするほど 艶がでる(繰り返し)
・・・と詠ったのは、演歌歌手畠山みどりの『恋は神代の昔から』(作詞:星野哲郎 作曲:市川昭介)。
上掲は、恋は神代の昔から 畠山みどり (1978)
1960(昭和35)年、素人のど自慢番組『トップライトショウ』(ニッポン放送)で優勝したことでレコード会社の関係者の目に入り、日本コロムビアに入社。入社後1年4ヶ月間、船村徹の下でレッスンに通う傍ら、島倉千代子などコロムビアの看板歌手の前座を努めた後、1962(昭和37)年にこの曲でデビューした。扇片手に袴姿という奇抜さもあいまって、畠山の名は一躍、全国に知れ渡ることとなった。
村下が、加山の『夜空の星』を聞いた3年前のこと。歌のタイトルじゃないけれど、“恋は神代の昔から”・・・とはよく言ったもの。
【恋】とは、一般には、特定の異性に強く惹(ひ)かれ,会いたい,ひとりじめにしたい,一緒になりたいと思う気持ち(大辞林 第三版)。また、切ないまでに深く思いを寄せること。恋愛(デジタル大辞泉)。…と解説されている。
「恋に上下の隔てなし」と云うことわざもある。つまり、恋をするのに、家柄(家系や地位)や、貧しさ、豊かさなどの、区別はなく、 お互いの心に、思い抱く気持ちしだいであるということ(「恋に上下の差別なし」とも)。老若男女を問わず昔から誰もが“恋をし、心をときめかせ、また、それが実らず悩んだりしてきたものだ。
現存する日本最古の歌集『万葉集』には、数々の恋の歌がある。その恋・愛の形はさまざまで、その時代を生きた 人たちの心を知る事ができるとともに、今の私たちの気持ちと何ら変わることのない恋の 喜びや苦しみを共有することができる。日本語の中にまだ仮名と呼ばれるものができる前に書かれたもので、 原文は全部漢字で書かれているが、ここでは現代語訳文で大伴坂上郎女の歌を2~3紹介しておこう。訳文等は、※4:「やまとうた」の千人万首:大伴坂上郎女を参照)、
坂上郎女は、大伴安麻呂と石川内命婦の間の子。稲公の姉。大伴旅人の異母妹。家持の叔母、姑でもある。
額田王以後最大の女性歌人であり、『万葉集』には、長歌・短歌合わせて84首が収録されており、女性歌人としては最多入集であり、全体でも家持・人麻呂に次ぐ第三位の数にあたる。
我あれのみぞ君には恋ふる我が背子が恋ふと言ふことは言ことのなぐさぞ(万4-656)
【通釈】私の方が一方的にあなたに恋しているのです。あなたが恋していると言うのは、口先だけの慰めなのですよ。
思へどもしるしも無しと知るものを何かここだく我あが恋ひ渡る(万4-658)
【通釈】いくら恋しく思っても、何の甲斐もないと知っているのに、どうしてこれ程私はずっと恋し続けているのだろう。
やるせないね~、片思いの苦しさがよく伝わってくる歌だ。
黒髪に白髪しろかみ交じり老ゆるまでかかる恋にはいまだ逢はなくに(万4-563)
【通釈】黒髪に白髪が混じって、これほど年寄るまで、こんな恋にはまだ出逢ったことはありませんことよ。
【補記】この歌は、天平元年から二年頃の作と推測され、郎女は30歳前後。この時代の結婚年齢は、 一般的に男性が17~8歳前後で、女性は13歳くらいで結婚していたと言うから、30歳と云えば、おばあちゃん扱いされる年代。
例え女性でも、おばあちゃんと云われる年代になっても、色恋だけは、なくならないもの。いや、相手にされないと思うと余計に恋しさはつのるのかもしれない。これは、男性であっても同じことだろう。
『万葉集』の多くはじつは恋愛の歌である。以下参考※5「たのしい万葉集」では、そんな“恋の歌”を分類し、まとめている。どんな歌があるか興味のある人は覗いてみるとよい。今の私たちの気持ちと何ら変わることのない恋の喜びや苦しみを共有することができるだろう。
たのしい万葉集:恋の歌
○ある一人の人間のそばにいると、他の人間の存在などまったく問題でなくなることがある。それが恋というものである。
ツルゲーネフ(ロシアの小説家 / 1818~1883)
○誠の恋をするものは、みな一目で恋をする。
シェイクスピア(英国の劇作家、詩人 / 1564~1616)
○わたし、おりこうな女になんてなりたくないわ。だって、恋に落ちたんですもの。
リリアン・ヘルマン(米国の脚本家 / 1905~1984)
○恋をして、しかも賢くあることは不可能だ。
フランシス・べーコン(英国の哲学者、神学者、法学者 / 1561~1626)
○我々は恋をすると、現在はっきりと信じているものまでも、疑うようになるということが、しばしばあるものである。
ラ・ロシュフコー(フランスの貴族、モラリスト文学者 / 1613~1680)
○真の恋の兆候は、男においては臆病さに、女は大胆さにある。
ヴィクトル・ユーゴー(フランスのロマン主義の詩人、小説家 / 1802~1885)
○恋は全て初恋です。相手が違うからです。
中谷彰宏(日本の作家、俳優 / 1959~)
昔から、恋にまつわる名言は無数に存在する。先に挙げた名言は、以下参考の※6:「e恋愛名言集」にあるものを引用させてもらった。
日本では、
「恋は盲目」(恋は常識や理性を失わせてしまう,の意。)
『恋は思案の外』(恋は常識や理性では割り切れないものだ。)
『恋は闇』(恋は人の理性を失わせるということのたとえ。また、恋の逢瀬(おうせ)には暗闇が好都合の意にも用いる。)
なんて言葉があるように胸を焦がすような恋に落ちると、人は冷静ではいられなくなる。恋は昔から、人の心を掻き乱し、周りを見えなくさせて、常識や理性を失わせて判断力を狂わせてしまう・・・。これは、誰でも一度は経験があるのではないですか?
最新の科学研究では、どうやらこれらのことが本当あることが明らかになっているのだという。
人は恋に落ちると脳内麻薬といわれる脳の中で分泌されるホルモン”ドーパミン”(快楽ホルモン)が放出され、脳が快感を感じ、これが、→全身に興奮が伝わり、鼓動が早まって胸がドキドキする→恋愛特有の症状が起こる。・・・ことにつながっているのだと言う。つまり、このような脳のメカニズムが関係しているのだそうだ(※7、※8参照)。
そして、男女の結び付きに重要となるドーパミンを意図的に増やことは可能なのだという。ええ・・・!ドーパミンを増やすことができるの?・・・ちょっと気になりませんか。そんな人は、参考※8を参照されるとよい。
ただ, 脳科学的な側面からは、恋がもたらす人体の影響についてわかり始めているが、恋愛に関する心理学の専門家は「恋の感情が雪だるま式に暴走した結果、ストーカー行為を生じることもあるが、残念ながらその原因を突き止めるにはいたっていないらしい(※7参照)。
ストーカー行為にまで行くのは別として、恋に燃えてしまうほど、相手しか見えなくなり、それ以外が見えなくなってしまうことはよくある。好きであるほど、相手一点に集中しすぎてしまうために、脳内バランスが悪くなってしまうのだが、恋に燃えている本人には、「それがなぜ悪い」と分からなくなってしまう。そのため気づかないうちに、友人関係、家族関係、勉強や仕事に集中ができなくなり、学業にも専念できなくなってしまったりする。このようなことは結婚前のまだ若いときであれば、「若気の至り」で許されもするが、結婚後では痛みが大きい。そのため、「恋は盲目」という恥ずかしい経験は、できれば早いうちに経験しておいた方が良いのだろう。
人生80年の時代、健康で長生きするのには、老いても恋心はなくしたくないが、えてして、「老いらくの恋」は行き着くところまで行ってしまうこともある。なかなかうまくゆかないものだが、恋をしたい人は、恋愛にかんする心理学的なものをまとめたブログもあるので、興味があれば、以下参考の※9や10など参照されるとよいだろう。
冒頭の画像は村下孝蔵の CD『初恋~浅き夢みし』ジャケット。絵は村上保の切り紙絵。
参考:
※1:365日 あの頃ヒット曲ランキング 【1983年6月】初恋/村下孝蔵
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/yomimono/music/anokoro/06/kiji/K20110624001067080.html
※2:青空文庫/作家別作品リスト:島崎 藤村
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person158.html
※3:誤解される初恋・・
http://poemculture.main.jp/touson01.html
※4:やまとうた
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/index.html
※5たのしい万葉集
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/index.html
※6:e恋愛名言集
http://rennai-meigen.com/koi/
※7:「恋は盲目」「恋は麻薬」は本当だった! 最新研究で恋がおよぼす影響が明らかに
http://rocketnews24.com/2012/11/19/266596/
※8:蓮香先生の「恋愛」クリニック
http://www.sunmarie.com/msn_renka/index18.html
※9:心理学:恋愛心理(ガールズ)- NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/topic/1M63K
※10:恋愛初心者のための30の基本基本 | HappyLifeStyle
https://happylifestyle.com/2865
村下孝蔵-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8B%E5%AD%9D%E8%94%B5