日本記念日協会の今日・11月1日の記念日を見ると「 犬の日」があった。
記念日の由来を見ると、“11と1で「ワンワンワン」と読む語呂合わせから、2007年12月8日にロードショー公開の映画「マリと子犬の物語」(東宝株式会社)と、2008年3月にロードショー公開の映画「犬と私の10の約束」(松竹株式会社)が制定。2作品とも犬が主人公の感動の作品。”・・とあった。
種としてのイヌ(犬、狗。Yahoo!百科事典も参照)は、食肉目のイヌ科 の哺乳類である。
広義には、広くイヌ科に属する動物(イエイヌ、オオカミ、コヨーテ、ジャッカル、キツネ、タヌキ、ヤブイヌ、リカオンなど)の総称である。
しかし、人間にもっとも早く飼いならされ、家畜化された種であり、狭義には、一般にイヌ科の家畜種である現在のイエイヌのことをイヌと言っている。
現在も、ネコ(猫、 Felis silvestris catus), と並んで代表的なペットまたはコンパニオンアニマルとして、広く飼育され、親しまれている。
野生化したものを野犬(やけん)といい、日本語ではあたかも標準和名であるかのように片仮名で「ノイヌ」と表記されることも多いが、分類学上は種や亜種としてイエイヌと区別される存在ではない。
現在、ジャパンケネルクラブ (JKC) では、国際畜犬連盟 (FCI) が公認する331犬種を公認し、そのうち176犬種を登録してスタンダードを定めており、世界全体では4億匹の犬がいると見積もられているようだ。血液型は8種類あるらしい(※1参照)。
イヌは単に野生の動物を捕らえて飼い慣らしただけのものではない。品種を異にするまで淘汰を重ね、その子孫もまた家畜として生まれてくるように改良されたものであり、その家畜がペットともなっているもである。
イヌの祖先については、食肉目イヌ科に属するオオカミとジャッカルから分化したという説、オーストラリアなどに生息するディンゴなど野イヌであるという説などがあったようだが、1990年代以降発展した分子系統学の知見によると、ほぼ間違いなくオオカミから分岐した動物と考えられており、分類上の位置づけとしてはタイリクオオカミ(Canis lupus。以下オオカミという)の一亜種とされているようだ(イヌの起源参照)。
従って、オオカミに似た形質を残してはいるが、家畜化(=馴化)の途上で人為淘汰(とうた)を受け、さまざまな品種が産み出され、形態に著しい差異がある(犬種については犬の品種一覧を参照)。
イヌがオオカミから分岐した(イヌが人間によって最初に家畜化された)時期については異なった見解が並立しているようであるが、考古学的遺物の研究から最古のイエイヌの骨であるかもしれないものとして、
シリア・ドゥアラ洞窟にあるネアンデルタール人の住居遺跡(約3万5千年前)、ムスティエ文化から発掘されたイヌ科動物の下顎骨(この下顎骨については、※2:「精神のエクスペディシオン」内、「東京大学展」や「ネアンデルタールとの出会い 洪積世人類遺跡調査」(赤澤威)で画像と解説を見ることができる。)。埴原和郎らが発掘。オオカミの下顎骨に比べて小さく、これを世界最古のイエイヌとする説がある。
又、ウクライナ・マルタ遺跡などで出土した、イヌ科動物の骨(※3)。 オオカミにしては小型。同じくウクライナのメジン遺跡(約3万年前)でもイヌの骨が出土している。など非常に古いものがあるらしいが、現在では、アイン・マラッハ遺跡など、前1万2千年ごろの西アジアのもの、あるいはドイツ・オーバーカッセル遺跡(Oberkassel, 約1万4千年前)から発見された、イヌまたは馴化されたオオカミの骨を「最古のイヌ」として挙げる資料が多いそうだ。
前1万2千年ごろは、中石器時代のナトゥーフ文化( Natufian culture※4 )初期に当たり、主要な狩猟具が石斧から細石器(小さな石のやじり)へと移行した時期である。狩猟の形態の変化が、イヌの利用と何らかの関わりをもつ可能性もあるという。
このことから全てのイヌの祖先が東アジアのオオカミから家畜化された動物で、これがその時代に移動生活を始めた人間とともに世界各地に移動して広がっていったと考えられているようだ。
ペットと家畜(実用的な理由に拠るもの)の歴史は古く、狩猟において助けとなるイヌや、農耕において害獣となるネズミなどを駆除してくれるネコやイタチのような小型肉食獣が珍重されていた。
特にイヌの場合は、はっきりした主従関係を好む習性から、家族の一員として扱われた歴史が長いとされる。
石器時代におけるイヌの墳墓(埋葬に際して添えられたと見られる花の花粉が見られたり、なんらかの食料の残骸が一緒に発見されるなどの特徴も見られる)も発見されている。
その一方で、所有物という概念もあったようで、殉死によって飼い主と共に埋葬されたと思われるケースも見られる。
欧米では、古来から現代まで王侯貴族や歴代大統領から一般市民の間で愛玩用、護衛用、狩猟用などとして飼われている。
ただ、古くは家畜とペットの境界は曖昧で、飼育する側の社会的地位によって、その境界は更に曖昧な物であった。
今日では多くの国で愛玩用または訓練されるイヌであるが、日本でも一般的な食用動物として見なされていた時代があった。
それでは、古い時代の日本人はどのような動物にどのような関心を抱いてきたのだろうか。
私の蔵書『週刊朝日百科:日本の歴史71動物達の日本史』に面白い記事があったが、で要約すると以下のようなことである。
古代の8世紀から中世の14世紀に至るまでの幾つかの史書、地誌・歌集・説話集・物語に登場する名を調べて表にしてみると、この当時の日本人に一貫して親しまれた哺乳類は、ウシ・ウマ・イヌ・シカ・イノシシ、キツネ・サルおよびネズミだったそうだ。そしてこれらの動物がキツネとネズミを除いては埴輪に造形された哺乳類と一致する。この中にもっと多く表れてよいと思われるのに以外に出現頻度の低い動物がネコ、タヌキ、カモシカなどがいる。このような事実は古い時代の日本人の動物感を反映している。
それは『日本書紀』天武天皇4年4月17日(675年)のいわゆる肉食禁止令に見られる。以下がそのときの詔である。
「庚寅、詔諸國曰、自今以後、制諸漁獵者、莫造檻穽、及施機槍等之類。亦四月朔以後、九月卅日以前、莫置比彌沙伎理・梁。且莫食牛馬犬猨鶏之宍。以外不在禁例。若有犯者罪之。」(日本書紀巻第廿九)・・・(※5:日本書紀参照)
これを見るとわかるように、肉食禁止の対象は、ウシ・ウマ・イヌ、サル、ニワトリに限定されている。これは、埴輪として出土し、又、表の諸書に多く出る動物と禁制対象の動物との対応が印象的であり、シカとイノシシを除くと、そのまま食禁哺乳類のリストとなる。
このことからも分かるように、古代日本人の関心を最も強く引き付けた哺乳類は、家畜のウシ、ウマ、イヌ、人もどきのサル、および食用に最適のシカ・イノシシに3分されていた。尚、シカとイノシシは、山神の動物形態としても有力だろう。
『古事記』景行記でヤマトタケルを苦しめた足柄の坂本のシカ、伊吹山のイノシシはいずれも山の神である(※6参照)。
上掲の画像は、「イヌの埴輪」、東京国立博物館蔵。
これら動物の埴輪の製作意図は動物の種類によって多少異なるが、いずれも広い意味で、宗教儀礼に用いられたことは間違いないようだ。
特に、これら哺乳類のイヌはについて言えば、縄文時代に、すでにイヌはヒト(人)の狩猟を助けていた。
それは弥生時代の銅鐸からも明らかである(以下の画像参照)。又恐らく警備にも利用されていただろう。
上掲の画像は袈裟襷紋(けさだすきもん)銅鐸の動物の図とイノシシを狩る場面。(右下)。数等のイヌがシカを取り巻いている。(画像は東京国立博物館蔵。画は『週刊朝日百科:日本の歴史71動物達の日本史』より)
ただ前に紹介した天武天皇4年の詔は五畜の肉食を禁じているが、恒久的なものでなく、期間が4月1日から9月30日までの農繁期に限定されており、裏を返せば農閑期は肉食を行ってもまったく問題がなく、また農繁期であっても五畜以外の動物の肉は食べてもよいということである。したがって、この肉食禁止令は仏教に基づく肉食禁止ではない。
日本人の食肉習慣を見ると、ウシ、ウマ、イヌは、食肉以外の目的に有用であるからこそ 屠殺を禁止されたものであろう。つまり、明治以前の日本人は食用のために特定の家畜を定めることなく、むしろ野生獣を捕らえて屠食していたことになる。
このような犬食の習慣は日本を含めた東アジア、東南アジア及びハワイ、ポリネシア、ミクロネシア、オセアニアなどの島嶼(とうしょ)に於いて多く存在したことである(肉食文化参照)。
しかし法令(「生類憐れみの令」)や宗教的な理由から獣肉を食べる習慣が日本では次第に廃れたことから、今日の日本ではイヌを食用と見なす習慣はない(犬食文化の項を参照)が、犬食は日本でも戦後しばらくまで一部の地域で行われており、神戸でも一部の地域では「赤犬(毛色が茶〜赤のイヌの俗称)は旨い」といって食べていたところがあると子ども時代に噂話として聞いている。
今、愛玩犬として人気の高い中国原産のチャウチャウも、もともとは食用のために作られた種類であった。
ところで、中世や、近世での、イヌやネコの飼い方はどうだったのだろう。
日本には、元来ネコ(イエネコ)が存在していなかった。日本へネコは、奈良時代ごろに古代中国や古代朝鮮から、仏教の伝来とともに経典を守る益獣として輸入されたという説が有力のようだ。
従って、愛玩用というよりも益獣として輸入された猫ではあるが、平安時代には、貴重な動物として貴族達の間で猫がかわいがられ、平安時代の『源氏物語』や、鎌倉時代の『石山寺縁起』などの絵巻物を見ると、猫が逃げたり、盗まれたりしないように、首に縄をつけ、紐に繋いで飼っていた。
上掲の画像は紐につながれている猫。石山寺縁起より。石山寺蔵。(画像は、週刊朝日百科「日本の歴史別冊・史実と架空の世界」より借用)
江戸時代初期の1602(慶長7)年には猫にとって画期的な法令が出た。すなわち猫を綱でつないで飼うことが禁止された。目的は、鼠退治の為である。これは「猫のさうし(草子)」という御伽草子(※006、007にもなった有名な事件であるが、このあたりから、猫の放し飼いがされるようになったようである。このことは、私の前のブログ「招き猫の日」でも詳しく書いた。
色々な変遷があり、世界各地で猫が飼われるようになっても、人が猫に求める最大の役割は、狩猟本能を利用した「鼠退治」だったので、犬のようにさまざまな目的のために改良されることはなかった。そのため、猫は今も野生的な性質を存分に残しているといわれる。
上掲の図、向かって右:『年中行事絵巻』から、12世紀末、個人蔵。左:粉河寺縁起12世紀末。粉河寺蔵。(いずれもともに週刊朝日百科「日本の歴史別冊・歴史の読み10 方史実と架空の世界」より借用)。
猫同様に、犬も都市に必須の動物だ。『猫のさうし』で放し飼いになった猫に猛然と襲いかかったのは犬たちであった。
中世の絵巻物などに描かれている犬は殆ど放し飼いであった。たとえば『年中行事絵巻』に描かれた人に吠えかかる犬や、闘鶏の鶏に吠え掛かる犬など(上掲の画像向かって右参照。なお、粉河寺縁起の原画は参考※9の2−cで総て見られる)。『粉河寺縁起』第一段の猟師の家の庭の赤い首輪を付けた犬を見ると良い(上掲の画像:向かって左参照)。放し飼いだ。赤い首輪は狩猟の際に目印になる。それに鈴を付けている場合もある。
上掲の画像右:『江戸名所図屏風』から。出光美術館蔵。左:「南蛮屏風」から17世紀前期。神戸市立館蔵。(画像は、いずれもともに週刊朝日百科「日本の歴史別冊・歴史の読み10 方史実と架空の世界」より借用)
近世でも繋がれていない犬が多かった。でなければ、『猫のさうし』にあるような、放し飼いになった猫に襲いかかることは出来なかった。
その限りでは犬の飼い方は中世(鎌倉時代・室町時代)と近世(安土桃山時代・江戸時代)ではあまり違わなかった。だが、注意したいのは近世に於ける犬のペット化の進行であった。それに伴って犬を首綱で引いている場合や家の中で犬を飼う場合が多くみ見られるようになる。
また、都市化の進行で、人に吠え付いたり、噛み付く犬を繋いでおく必要が高まったろう。例えば、『江戸名所図屏風』(※10)の浅草寺境内で、赤い首綱で引かれている犬の姿がある(上図右参照)。
こうした首綱で犬を引く姿は、恐らく南蛮人のそれを真似た可能性があることに注意したい。それほど南蛮人と犬は日本人の関心を集めたらしい。
そこで、『南蛮屏風』(鹿島出版会)に収録されている『南蛮屏風』に描かれている犬たちを見ていると、南蛮人の連れている犬は、すべて首綱でつながれている。南蛮人のこうした犬に首綱をつけて歩く姿を日本人が真似た可能性が大きい。
つまり、中世では猫は首輪でつながれ、犬は放し飼いだった。近世では、猫は放し飼いになり犬を首綱でつないで飼うような飼い方が増加した(犬は基本的には放し飼いであったが)。
このように見ると、現在の都市生活での我々の犬と猫の飼い方と中世のそれでは全く正反対であったこと、現在のそれが近世社会の飼い方の延長線上にある事が判る。
現代は、猫と共にペットとして飼われている犬が多くなり、2010(平成22)年9月の内閣府による動物愛護に関する世論調査(※11参照)によると、ペット飼育の好き嫌いでは、「好き」とする者の割合が72.5%、「嫌い」とする者の割合が25.1%となっており、前回の調査結果(平成15年7月調査)と比較して、「好き」(65.5%→72.5%)とする者の割合が上昇し、「嫌い」(31.7%→25.1%)とする者の割合が低下している。
又、家庭で犬や猫など、ペットを飼っているかどうか聞いたところ、「飼っている」と答えた者の割合が34.3%、「飼っていない」と答えた者の割合が65.7%となっており、前回の調査結果と比較してみると、大きな変化は見られない。
そして、ペットを「飼っている」と答えた者に(666人)に、どんな動物か聞いたところ,「犬」を挙げた者の割合が58.6%と最も高く、以下、「猫」(30.9%),「魚類」(19.4%)などの順となっている。(複数回答、上位3項目)。
今日では、ペットは、家族として、パートナーとして、仲間として人の暮らしに密接に関わり、心を癒してくれたり、あるいは愛玩されたり、共生するなど、様々な面を持った存在となっている。
近年では、生命全般を大切にする思想も普及してきており、動物であっても無下に扱う事を忌避する人々は増えている。
古来、日本人が仏教的な輪廻転生の思想や「鳥獣すらなお道を知る、いわんや人間は・・・」という儒教的な道徳観から、人と動物の関係は優劣のない一体のものと見てきた。
上掲の図は、近世末期の犬の墓。(白金館址遺跡調査団提供。画像は、週刊朝日百科「日本の歴史別冊・歴史の読み10 方史実と架空の世界」より借用)。
上掲の画像は、近世末期の犬の墓であるが、このように、イエイヌの死体を人の葬送のように、墓を設けて葬った例はすでに縄文期にもあった。それは、個々人の愛情によるもので制度として行われているものではない。しかし、近世に都市が発達し、警備や愛玩のために多くの市民がイエイヌを養うようになると、その死に際し寺院で人に類する葬儀を営んで埋葬し、墓碑を建立するものも少なからず出た。江戸郊外にもいくつかそうした墓が存在し、現今のペット化がすでに犬猫にみられたことを立証している。
古くから人間と接してきた犬。現代ではペットの家族化も進んでおり、中にはペットに遺産を残したいと望む人さえもいる。
ペットを飼うことの長所としては癒し、孤独の解消、世話をする事によって(飼う側の人間に)育まれる興味や思いやりの心等が挙げられている。そして、近年、ペットを飼うことが、子どもの健全な心を育てることもわかっているそうだ。
そんな家族化しているペットの多くが最近危機に直面した。それが、阪神・淡路大震災、や昨年の東日本大震災などに遭遇し、震災した飼い主と離れ離れになり被災地に取り残された多くの哀れペットが多く出たことである。
今日の記念日の由来にある、映画「マリと子犬の物語」は、2004年10月23日の新潟県中越地震で大きな被害に見舞われた山古志村で、失意の被災者を勇気づけた奇跡の実話を映画化したもの。
地震の被害で全村避難となり、愛犬マリと3匹の子犬を村に残さざるを得なかった飼い主家族の苦悩と、孤立した村で生き延びエサもない中、我が子を懸命に守り抜く母犬マリの奮闘を描いた感動のドラマであった(※12参照)。以下でそのワンシーンが見れる。
マリと子犬の物語 – YouTube
神淡路大震災のときには、急きょ仮設住宅が建てられ避難命令が出されたが、傾きかかった自宅の中でイヌや猫と一緒に暮らしているお年寄りがずいぶんいた。東日本大震災でも同様の犬が数多くいた。
このような、動物と暮らす飼い主が災害時に備えるために何をしておいたらよいか。地震などの大災害のときに、自分の犬を救うために必要なものはなにか・・・これからペットを飼うときには、そのようなことを十分に考えて飼わなければいけないだろう。
又、ペットがもたらすメリットがある反面、ペットを物品のように扱い、「飽きたから捨てる」という考え方をする者の存在により、飼い主がこれら動物を野に放ち帰化動物を作り出してしまうという問題も、世界各地で発生している(日本の場合、今イヌだけでく、ペットとして飼われている動物の殆どと言っていいほど外来種が多いように思う)。
それに、躾の問題でもあるが、本人自身は可愛がっているつもりでも、隣近所に迷惑をかけている場合や、ペットにとっては、好ましくない可愛がり方をしている場合も多くあることだろう。
映画「犬と私の10の約束」は、作者不詳(実際には分かっているらしい)のまま広く世界に伝わっている英文の詩で、日本では「犬の十戒」として知られているものをモチーフとした本木克英監督による映画である。
私も犬は大好きなので、子どもの頃には家の近くを餌を求めてうろついていた野良犬(雑種犬)を拾ってきて飼っていたたが、戦後のことであり、家の周辺は焼け野原でもあったことから犬には、身元が分かるように首輪だけは付けているが、飼い方は放し飼いで、相手をしなくても一日中、家の近所でひとり?遊び歩いて、食時のときになるときっちりと決まった時間に帰ってきて犬小屋で寝ていた。
私が、公園や海へ泳ぎに自転車で行ったり、又、山に登るとき、公園で遊んでいるときには呼ばなくても勝手についてきていたが、特別に散歩として連れてゆくことはなかった。餌も私たちの食時の残り物を与えていたから、本当に世話と言うほどのことはしていかった。
この当時は、戦後の大変な時代であり、どこの親も食べるものを得るために、忙しく寸暇を惜しんで働いていたので、犬どころか、自分の子どもでも、食時以外は放任で特に面倒を見ることもなかった。放っておけば、子どもは子どもで、近所の子どもと勝手に遊んでいたし、犬もその近くで走りまわっていた。
それでも、子どもも犬も親や飼い主の言うことは良く聞き、いい関係を築いていたものだ。思い出せば、かえって雑種犬だからだろうか、なんでも教えたことは非常に覚えが早く、ウンチなども早くから決められた砂を入れた木箱の中にちゃんとしていた。
年をとって、自分の子どもも巣立ち、夫婦二人だけになると、家人なども私以外に世話をやくものも居らず寂しいものだから、犬を飼いたいといって、何度か話をしたことがあるが、昔のような放し飼いは出来ず、年取った者が毎日の散歩をさせるのも自信がないし、それよりも一番に、犬の寿命が短いので、死ぬのは犬か私たちかどちらが先になるか微妙なところで、情の移った犬が亡くなるのをみるのも悲しいし、私たちが先に亡くなり、犬だけが残ることになるのも可哀想だということで、結局は飼うのを諦めることになった。
今の時代に、ペットを飼うのはなかなか大変そうだが、飼う以上は、きっちりと躾もし、また、ペットのこともよく理解して飼わなくてはいけないだろう。
そういうことで、”ペットとして飼われることとなった犬と人間との望ましい関係”を作る上で、犬の十戒を実行するのはいいことなのだろうね〜。
犬の十戒
尚、犬についての総てはなかなか書ききれないので随分書きたいことを省略したが、詳しいことは、以下の参考に記載しているブログで詳しく書かれているので、そちらを見られると良い。
(冒頭の画像は、コレクションの映画「マリと子犬の物語」チラシ)
参考:
※1:イヌの血液型
http://imahome.fc2web.com/dog-ketuekigata.htm
※2:精神のエクスペディシオン
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1997Expedition/
※3:松井章 「日本人と家畜 考古学から見た動物と日本人の歴史」http://www.kinrenju.jp/menu02/taikai_0910.pdf
※4:ナトゥーフ文化(1)農耕なき定住 - るいネット
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=43375
※5:日本書紀
http://www.seisaku.bz/shoki_index.html
※6:伊吹山 ー神話への旅ー
http://www013.upp.so-net.ne.jp/mayalibrary/niki/niki45.htm
※7:歴史家の見た御伽草子 『猫のさうし』 と禁制
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004688378
※8:【大塚ひかりの古典にポッ】猫と鼠、因縁の始まり 御伽草子
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120821/wlf12082115110011-n1.htm
※9:粉河寺縁起
http://www.kyohaku.go.jp/jp/syuzou/meihin/kaiga/emaki/item05.html
※10:江戸名所図屏風 八曲一双 - 出光コレクション - 出光美術
http://www.idemitsu.co.jp/museum//collection/introduction/painting/genre/genre03.html
※11:動物愛護に関する世論調査(平成22年9月) - 内閣府
http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-doubutu/index.html
※:12:マリと子犬の物語
http://fc.ccb.or.jp/tourism/product/mari.html
十 二 支 物 語;犬の話
http://www2.plala.or.jp/terahakubutu/jyuunisiinu.htm
日本における肉食の歴史
http://www.bunbun.ne.jp/~drhnakai/sub1-59.htm
イヌ
http://www.jttk.zaq.ne.jp/takasho/abc-052-dog.html
イヌ-Yahoo!百科事典
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%82%A4%E3%83%8C/
イヌ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8C
コトバンクーイヌ(犬)
http://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%83%8C(%E7%8A%AC)
「中国語」としての漢字:「犬」と「狗」
http://www.jttk.zaq.ne.jp/takasho/abc-052-dog.html
アプラウト(母音交替) - 英語翻訳の通信講座ならDHC総合教育研究所 (Adobe PDF)
http://www.edu.dhc.co.jp/fun_study/howto/pdf/essay003.pdf#search='%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%88%EF%BC%88%E6%AF%8D%E9%9F%B3%E4%BA%A4%E6%9B%BF%EF%BC%89'
漢字Q&A(その7)
http://www.taishukan.co.jp/kanji/qa07.html
024 【脱線】動物の神と妖(あやかし)|猫の雑学|野良猫総合研究所
http://ryoquest.sakura.ne.jp/town/cgi-bin/town/patio212/game.cgi?mode=view&no=25
縄文時代と同じ頃の西アジア
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2000dm2k/japanese/02/02-08.html
世界史テーマ研究 農耕の起源とドナウ文明
http://thaumazein.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-4947.html
ペットたちに「感謝」する日- 今日のことあれこれと・・・
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/7f3675e29c8f70d94b3af5d85ab12f8e
猫の日 - 今日のことあれこれと・・・
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/9455856dc1a307620fa3ffcaf2c27456
記念日の由来を見ると、“11と1で「ワンワンワン」と読む語呂合わせから、2007年12月8日にロードショー公開の映画「マリと子犬の物語」(東宝株式会社)と、2008年3月にロードショー公開の映画「犬と私の10の約束」(松竹株式会社)が制定。2作品とも犬が主人公の感動の作品。”・・とあった。
種としてのイヌ(犬、狗。Yahoo!百科事典も参照)は、食肉目のイヌ科 の哺乳類である。
広義には、広くイヌ科に属する動物(イエイヌ、オオカミ、コヨーテ、ジャッカル、キツネ、タヌキ、ヤブイヌ、リカオンなど)の総称である。
しかし、人間にもっとも早く飼いならされ、家畜化された種であり、狭義には、一般にイヌ科の家畜種である現在のイエイヌのことをイヌと言っている。
現在も、ネコ(猫、 Felis silvestris catus), と並んで代表的なペットまたはコンパニオンアニマルとして、広く飼育され、親しまれている。
野生化したものを野犬(やけん)といい、日本語ではあたかも標準和名であるかのように片仮名で「ノイヌ」と表記されることも多いが、分類学上は種や亜種としてイエイヌと区別される存在ではない。
現在、ジャパンケネルクラブ (JKC) では、国際畜犬連盟 (FCI) が公認する331犬種を公認し、そのうち176犬種を登録してスタンダードを定めており、世界全体では4億匹の犬がいると見積もられているようだ。血液型は8種類あるらしい(※1参照)。
イヌは単に野生の動物を捕らえて飼い慣らしただけのものではない。品種を異にするまで淘汰を重ね、その子孫もまた家畜として生まれてくるように改良されたものであり、その家畜がペットともなっているもである。
イヌの祖先については、食肉目イヌ科に属するオオカミとジャッカルから分化したという説、オーストラリアなどに生息するディンゴなど野イヌであるという説などがあったようだが、1990年代以降発展した分子系統学の知見によると、ほぼ間違いなくオオカミから分岐した動物と考えられており、分類上の位置づけとしてはタイリクオオカミ(Canis lupus。以下オオカミという)の一亜種とされているようだ(イヌの起源参照)。
従って、オオカミに似た形質を残してはいるが、家畜化(=馴化)の途上で人為淘汰(とうた)を受け、さまざまな品種が産み出され、形態に著しい差異がある(犬種については犬の品種一覧を参照)。
イヌがオオカミから分岐した(イヌが人間によって最初に家畜化された)時期については異なった見解が並立しているようであるが、考古学的遺物の研究から最古のイエイヌの骨であるかもしれないものとして、
シリア・ドゥアラ洞窟にあるネアンデルタール人の住居遺跡(約3万5千年前)、ムスティエ文化から発掘されたイヌ科動物の下顎骨(この下顎骨については、※2:「精神のエクスペディシオン」内、「東京大学展」や「ネアンデルタールとの出会い 洪積世人類遺跡調査」(赤澤威)で画像と解説を見ることができる。)。埴原和郎らが発掘。オオカミの下顎骨に比べて小さく、これを世界最古のイエイヌとする説がある。
又、ウクライナ・マルタ遺跡などで出土した、イヌ科動物の骨(※3)。 オオカミにしては小型。同じくウクライナのメジン遺跡(約3万年前)でもイヌの骨が出土している。など非常に古いものがあるらしいが、現在では、アイン・マラッハ遺跡など、前1万2千年ごろの西アジアのもの、あるいはドイツ・オーバーカッセル遺跡(Oberkassel, 約1万4千年前)から発見された、イヌまたは馴化されたオオカミの骨を「最古のイヌ」として挙げる資料が多いそうだ。
前1万2千年ごろは、中石器時代のナトゥーフ文化( Natufian culture※4 )初期に当たり、主要な狩猟具が石斧から細石器(小さな石のやじり)へと移行した時期である。狩猟の形態の変化が、イヌの利用と何らかの関わりをもつ可能性もあるという。
このことから全てのイヌの祖先が東アジアのオオカミから家畜化された動物で、これがその時代に移動生活を始めた人間とともに世界各地に移動して広がっていったと考えられているようだ。
ペットと家畜(実用的な理由に拠るもの)の歴史は古く、狩猟において助けとなるイヌや、農耕において害獣となるネズミなどを駆除してくれるネコやイタチのような小型肉食獣が珍重されていた。
特にイヌの場合は、はっきりした主従関係を好む習性から、家族の一員として扱われた歴史が長いとされる。
石器時代におけるイヌの墳墓(埋葬に際して添えられたと見られる花の花粉が見られたり、なんらかの食料の残骸が一緒に発見されるなどの特徴も見られる)も発見されている。
その一方で、所有物という概念もあったようで、殉死によって飼い主と共に埋葬されたと思われるケースも見られる。
欧米では、古来から現代まで王侯貴族や歴代大統領から一般市民の間で愛玩用、護衛用、狩猟用などとして飼われている。
ただ、古くは家畜とペットの境界は曖昧で、飼育する側の社会的地位によって、その境界は更に曖昧な物であった。
今日では多くの国で愛玩用または訓練されるイヌであるが、日本でも一般的な食用動物として見なされていた時代があった。
それでは、古い時代の日本人はどのような動物にどのような関心を抱いてきたのだろうか。
私の蔵書『週刊朝日百科:日本の歴史71動物達の日本史』に面白い記事があったが、で要約すると以下のようなことである。
古代の8世紀から中世の14世紀に至るまでの幾つかの史書、地誌・歌集・説話集・物語に登場する名を調べて表にしてみると、この当時の日本人に一貫して親しまれた哺乳類は、ウシ・ウマ・イヌ・シカ・イノシシ、キツネ・サルおよびネズミだったそうだ。そしてこれらの動物がキツネとネズミを除いては埴輪に造形された哺乳類と一致する。この中にもっと多く表れてよいと思われるのに以外に出現頻度の低い動物がネコ、タヌキ、カモシカなどがいる。このような事実は古い時代の日本人の動物感を反映している。
それは『日本書紀』天武天皇4年4月17日(675年)のいわゆる肉食禁止令に見られる。以下がそのときの詔である。
「庚寅、詔諸國曰、自今以後、制諸漁獵者、莫造檻穽、及施機槍等之類。亦四月朔以後、九月卅日以前、莫置比彌沙伎理・梁。且莫食牛馬犬猨鶏之宍。以外不在禁例。若有犯者罪之。」(日本書紀巻第廿九)・・・(※5:日本書紀参照)
これを見るとわかるように、肉食禁止の対象は、ウシ・ウマ・イヌ、サル、ニワトリに限定されている。これは、埴輪として出土し、又、表の諸書に多く出る動物と禁制対象の動物との対応が印象的であり、シカとイノシシを除くと、そのまま食禁哺乳類のリストとなる。
このことからも分かるように、古代日本人の関心を最も強く引き付けた哺乳類は、家畜のウシ、ウマ、イヌ、人もどきのサル、および食用に最適のシカ・イノシシに3分されていた。尚、シカとイノシシは、山神の動物形態としても有力だろう。
『古事記』景行記でヤマトタケルを苦しめた足柄の坂本のシカ、伊吹山のイノシシはいずれも山の神である(※6参照)。
上掲の画像は、「イヌの埴輪」、東京国立博物館蔵。
これら動物の埴輪の製作意図は動物の種類によって多少異なるが、いずれも広い意味で、宗教儀礼に用いられたことは間違いないようだ。
特に、これら哺乳類のイヌはについて言えば、縄文時代に、すでにイヌはヒト(人)の狩猟を助けていた。
それは弥生時代の銅鐸からも明らかである(以下の画像参照)。又恐らく警備にも利用されていただろう。
上掲の画像は袈裟襷紋(けさだすきもん)銅鐸の動物の図とイノシシを狩る場面。(右下)。数等のイヌがシカを取り巻いている。(画像は東京国立博物館蔵。画は『週刊朝日百科:日本の歴史71動物達の日本史』より)
ただ前に紹介した天武天皇4年の詔は五畜の肉食を禁じているが、恒久的なものでなく、期間が4月1日から9月30日までの農繁期に限定されており、裏を返せば農閑期は肉食を行ってもまったく問題がなく、また農繁期であっても五畜以外の動物の肉は食べてもよいということである。したがって、この肉食禁止令は仏教に基づく肉食禁止ではない。
日本人の食肉習慣を見ると、ウシ、ウマ、イヌは、食肉以外の目的に有用であるからこそ 屠殺を禁止されたものであろう。つまり、明治以前の日本人は食用のために特定の家畜を定めることなく、むしろ野生獣を捕らえて屠食していたことになる。
このような犬食の習慣は日本を含めた東アジア、東南アジア及びハワイ、ポリネシア、ミクロネシア、オセアニアなどの島嶼(とうしょ)に於いて多く存在したことである(肉食文化参照)。
しかし法令(「生類憐れみの令」)や宗教的な理由から獣肉を食べる習慣が日本では次第に廃れたことから、今日の日本ではイヌを食用と見なす習慣はない(犬食文化の項を参照)が、犬食は日本でも戦後しばらくまで一部の地域で行われており、神戸でも一部の地域では「赤犬(毛色が茶〜赤のイヌの俗称)は旨い」といって食べていたところがあると子ども時代に噂話として聞いている。
今、愛玩犬として人気の高い中国原産のチャウチャウも、もともとは食用のために作られた種類であった。
ところで、中世や、近世での、イヌやネコの飼い方はどうだったのだろう。
日本には、元来ネコ(イエネコ)が存在していなかった。日本へネコは、奈良時代ごろに古代中国や古代朝鮮から、仏教の伝来とともに経典を守る益獣として輸入されたという説が有力のようだ。
従って、愛玩用というよりも益獣として輸入された猫ではあるが、平安時代には、貴重な動物として貴族達の間で猫がかわいがられ、平安時代の『源氏物語』や、鎌倉時代の『石山寺縁起』などの絵巻物を見ると、猫が逃げたり、盗まれたりしないように、首に縄をつけ、紐に繋いで飼っていた。
上掲の画像は紐につながれている猫。石山寺縁起より。石山寺蔵。(画像は、週刊朝日百科「日本の歴史別冊・史実と架空の世界」より借用)
江戸時代初期の1602(慶長7)年には猫にとって画期的な法令が出た。すなわち猫を綱でつないで飼うことが禁止された。目的は、鼠退治の為である。これは「猫のさうし(草子)」という御伽草子(※006、007にもなった有名な事件であるが、このあたりから、猫の放し飼いがされるようになったようである。このことは、私の前のブログ「招き猫の日」でも詳しく書いた。
色々な変遷があり、世界各地で猫が飼われるようになっても、人が猫に求める最大の役割は、狩猟本能を利用した「鼠退治」だったので、犬のようにさまざまな目的のために改良されることはなかった。そのため、猫は今も野生的な性質を存分に残しているといわれる。
上掲の図、向かって右:『年中行事絵巻』から、12世紀末、個人蔵。左:粉河寺縁起12世紀末。粉河寺蔵。(いずれもともに週刊朝日百科「日本の歴史別冊・歴史の読み10 方史実と架空の世界」より借用)。
猫同様に、犬も都市に必須の動物だ。『猫のさうし』で放し飼いになった猫に猛然と襲いかかったのは犬たちであった。
中世の絵巻物などに描かれている犬は殆ど放し飼いであった。たとえば『年中行事絵巻』に描かれた人に吠えかかる犬や、闘鶏の鶏に吠え掛かる犬など(上掲の画像向かって右参照。なお、粉河寺縁起の原画は参考※9の2−cで総て見られる)。『粉河寺縁起』第一段の猟師の家の庭の赤い首輪を付けた犬を見ると良い(上掲の画像:向かって左参照)。放し飼いだ。赤い首輪は狩猟の際に目印になる。それに鈴を付けている場合もある。
上掲の画像右:『江戸名所図屏風』から。出光美術館蔵。左:「南蛮屏風」から17世紀前期。神戸市立館蔵。(画像は、いずれもともに週刊朝日百科「日本の歴史別冊・歴史の読み10 方史実と架空の世界」より借用)
近世でも繋がれていない犬が多かった。でなければ、『猫のさうし』にあるような、放し飼いになった猫に襲いかかることは出来なかった。
その限りでは犬の飼い方は中世(鎌倉時代・室町時代)と近世(安土桃山時代・江戸時代)ではあまり違わなかった。だが、注意したいのは近世に於ける犬のペット化の進行であった。それに伴って犬を首綱で引いている場合や家の中で犬を飼う場合が多くみ見られるようになる。
また、都市化の進行で、人に吠え付いたり、噛み付く犬を繋いでおく必要が高まったろう。例えば、『江戸名所図屏風』(※10)の浅草寺境内で、赤い首綱で引かれている犬の姿がある(上図右参照)。
こうした首綱で犬を引く姿は、恐らく南蛮人のそれを真似た可能性があることに注意したい。それほど南蛮人と犬は日本人の関心を集めたらしい。
そこで、『南蛮屏風』(鹿島出版会)に収録されている『南蛮屏風』に描かれている犬たちを見ていると、南蛮人の連れている犬は、すべて首綱でつながれている。南蛮人のこうした犬に首綱をつけて歩く姿を日本人が真似た可能性が大きい。
つまり、中世では猫は首輪でつながれ、犬は放し飼いだった。近世では、猫は放し飼いになり犬を首綱でつないで飼うような飼い方が増加した(犬は基本的には放し飼いであったが)。
このように見ると、現在の都市生活での我々の犬と猫の飼い方と中世のそれでは全く正反対であったこと、現在のそれが近世社会の飼い方の延長線上にある事が判る。
現代は、猫と共にペットとして飼われている犬が多くなり、2010(平成22)年9月の内閣府による動物愛護に関する世論調査(※11参照)によると、ペット飼育の好き嫌いでは、「好き」とする者の割合が72.5%、「嫌い」とする者の割合が25.1%となっており、前回の調査結果(平成15年7月調査)と比較して、「好き」(65.5%→72.5%)とする者の割合が上昇し、「嫌い」(31.7%→25.1%)とする者の割合が低下している。
又、家庭で犬や猫など、ペットを飼っているかどうか聞いたところ、「飼っている」と答えた者の割合が34.3%、「飼っていない」と答えた者の割合が65.7%となっており、前回の調査結果と比較してみると、大きな変化は見られない。
そして、ペットを「飼っている」と答えた者に(666人)に、どんな動物か聞いたところ,「犬」を挙げた者の割合が58.6%と最も高く、以下、「猫」(30.9%),「魚類」(19.4%)などの順となっている。(複数回答、上位3項目)。
今日では、ペットは、家族として、パートナーとして、仲間として人の暮らしに密接に関わり、心を癒してくれたり、あるいは愛玩されたり、共生するなど、様々な面を持った存在となっている。
近年では、生命全般を大切にする思想も普及してきており、動物であっても無下に扱う事を忌避する人々は増えている。
古来、日本人が仏教的な輪廻転生の思想や「鳥獣すらなお道を知る、いわんや人間は・・・」という儒教的な道徳観から、人と動物の関係は優劣のない一体のものと見てきた。
上掲の図は、近世末期の犬の墓。(白金館址遺跡調査団提供。画像は、週刊朝日百科「日本の歴史別冊・歴史の読み10 方史実と架空の世界」より借用)。
上掲の画像は、近世末期の犬の墓であるが、このように、イエイヌの死体を人の葬送のように、墓を設けて葬った例はすでに縄文期にもあった。それは、個々人の愛情によるもので制度として行われているものではない。しかし、近世に都市が発達し、警備や愛玩のために多くの市民がイエイヌを養うようになると、その死に際し寺院で人に類する葬儀を営んで埋葬し、墓碑を建立するものも少なからず出た。江戸郊外にもいくつかそうした墓が存在し、現今のペット化がすでに犬猫にみられたことを立証している。
古くから人間と接してきた犬。現代ではペットの家族化も進んでおり、中にはペットに遺産を残したいと望む人さえもいる。
ペットを飼うことの長所としては癒し、孤独の解消、世話をする事によって(飼う側の人間に)育まれる興味や思いやりの心等が挙げられている。そして、近年、ペットを飼うことが、子どもの健全な心を育てることもわかっているそうだ。
そんな家族化しているペットの多くが最近危機に直面した。それが、阪神・淡路大震災、や昨年の東日本大震災などに遭遇し、震災した飼い主と離れ離れになり被災地に取り残された多くの哀れペットが多く出たことである。
今日の記念日の由来にある、映画「マリと子犬の物語」は、2004年10月23日の新潟県中越地震で大きな被害に見舞われた山古志村で、失意の被災者を勇気づけた奇跡の実話を映画化したもの。
地震の被害で全村避難となり、愛犬マリと3匹の子犬を村に残さざるを得なかった飼い主家族の苦悩と、孤立した村で生き延びエサもない中、我が子を懸命に守り抜く母犬マリの奮闘を描いた感動のドラマであった(※12参照)。以下でそのワンシーンが見れる。
マリと子犬の物語 – YouTube
神淡路大震災のときには、急きょ仮設住宅が建てられ避難命令が出されたが、傾きかかった自宅の中でイヌや猫と一緒に暮らしているお年寄りがずいぶんいた。東日本大震災でも同様の犬が数多くいた。
このような、動物と暮らす飼い主が災害時に備えるために何をしておいたらよいか。地震などの大災害のときに、自分の犬を救うために必要なものはなにか・・・これからペットを飼うときには、そのようなことを十分に考えて飼わなければいけないだろう。
又、ペットがもたらすメリットがある反面、ペットを物品のように扱い、「飽きたから捨てる」という考え方をする者の存在により、飼い主がこれら動物を野に放ち帰化動物を作り出してしまうという問題も、世界各地で発生している(日本の場合、今イヌだけでく、ペットとして飼われている動物の殆どと言っていいほど外来種が多いように思う)。
それに、躾の問題でもあるが、本人自身は可愛がっているつもりでも、隣近所に迷惑をかけている場合や、ペットにとっては、好ましくない可愛がり方をしている場合も多くあることだろう。
映画「犬と私の10の約束」は、作者不詳(実際には分かっているらしい)のまま広く世界に伝わっている英文の詩で、日本では「犬の十戒」として知られているものをモチーフとした本木克英監督による映画である。
私も犬は大好きなので、子どもの頃には家の近くを餌を求めてうろついていた野良犬(雑種犬)を拾ってきて飼っていたたが、戦後のことであり、家の周辺は焼け野原でもあったことから犬には、身元が分かるように首輪だけは付けているが、飼い方は放し飼いで、相手をしなくても一日中、家の近所でひとり?遊び歩いて、食時のときになるときっちりと決まった時間に帰ってきて犬小屋で寝ていた。
私が、公園や海へ泳ぎに自転車で行ったり、又、山に登るとき、公園で遊んでいるときには呼ばなくても勝手についてきていたが、特別に散歩として連れてゆくことはなかった。餌も私たちの食時の残り物を与えていたから、本当に世話と言うほどのことはしていかった。
この当時は、戦後の大変な時代であり、どこの親も食べるものを得るために、忙しく寸暇を惜しんで働いていたので、犬どころか、自分の子どもでも、食時以外は放任で特に面倒を見ることもなかった。放っておけば、子どもは子どもで、近所の子どもと勝手に遊んでいたし、犬もその近くで走りまわっていた。
それでも、子どもも犬も親や飼い主の言うことは良く聞き、いい関係を築いていたものだ。思い出せば、かえって雑種犬だからだろうか、なんでも教えたことは非常に覚えが早く、ウンチなども早くから決められた砂を入れた木箱の中にちゃんとしていた。
年をとって、自分の子どもも巣立ち、夫婦二人だけになると、家人なども私以外に世話をやくものも居らず寂しいものだから、犬を飼いたいといって、何度か話をしたことがあるが、昔のような放し飼いは出来ず、年取った者が毎日の散歩をさせるのも自信がないし、それよりも一番に、犬の寿命が短いので、死ぬのは犬か私たちかどちらが先になるか微妙なところで、情の移った犬が亡くなるのをみるのも悲しいし、私たちが先に亡くなり、犬だけが残ることになるのも可哀想だということで、結局は飼うのを諦めることになった。
今の時代に、ペットを飼うのはなかなか大変そうだが、飼う以上は、きっちりと躾もし、また、ペットのこともよく理解して飼わなくてはいけないだろう。
そういうことで、”ペットとして飼われることとなった犬と人間との望ましい関係”を作る上で、犬の十戒を実行するのはいいことなのだろうね〜。
犬の十戒
尚、犬についての総てはなかなか書ききれないので随分書きたいことを省略したが、詳しいことは、以下の参考に記載しているブログで詳しく書かれているので、そちらを見られると良い。
(冒頭の画像は、コレクションの映画「マリと子犬の物語」チラシ)
参考:
※1:イヌの血液型
http://imahome.fc2web.com/dog-ketuekigata.htm
※2:精神のエクスペディシオン
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1997Expedition/
※3:松井章 「日本人と家畜 考古学から見た動物と日本人の歴史」http://www.kinrenju.jp/menu02/taikai_0910.pdf
※4:ナトゥーフ文化(1)農耕なき定住 - るいネット
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=43375
※5:日本書紀
http://www.seisaku.bz/shoki_index.html
※6:伊吹山 ー神話への旅ー
http://www013.upp.so-net.ne.jp/mayalibrary/niki/niki45.htm
※7:歴史家の見た御伽草子 『猫のさうし』 と禁制
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004688378
※8:【大塚ひかりの古典にポッ】猫と鼠、因縁の始まり 御伽草子
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120821/wlf12082115110011-n1.htm
※9:粉河寺縁起
http://www.kyohaku.go.jp/jp/syuzou/meihin/kaiga/emaki/item05.html
※10:江戸名所図屏風 八曲一双 - 出光コレクション - 出光美術
http://www.idemitsu.co.jp/museum//collection/introduction/painting/genre/genre03.html
※11:動物愛護に関する世論調査(平成22年9月) - 内閣府
http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-doubutu/index.html
※:12:マリと子犬の物語
http://fc.ccb.or.jp/tourism/product/mari.html
十 二 支 物 語;犬の話
http://www2.plala.or.jp/terahakubutu/jyuunisiinu.htm
日本における肉食の歴史
http://www.bunbun.ne.jp/~drhnakai/sub1-59.htm
イヌ
http://www.jttk.zaq.ne.jp/takasho/abc-052-dog.html
イヌ-Yahoo!百科事典
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%82%A4%E3%83%8C/
イヌ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8C
コトバンクーイヌ(犬)
http://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%83%8C(%E7%8A%AC)
「中国語」としての漢字:「犬」と「狗」
http://www.jttk.zaq.ne.jp/takasho/abc-052-dog.html
アプラウト(母音交替) - 英語翻訳の通信講座ならDHC総合教育研究所 (Adobe PDF)
http://www.edu.dhc.co.jp/fun_study/howto/pdf/essay003.pdf#search='%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%88%EF%BC%88%E6%AF%8D%E9%9F%B3%E4%BA%A4%E6%9B%BF%EF%BC%89'
漢字Q&A(その7)
http://www.taishukan.co.jp/kanji/qa07.html
024 【脱線】動物の神と妖(あやかし)|猫の雑学|野良猫総合研究所
http://ryoquest.sakura.ne.jp/town/cgi-bin/town/patio212/game.cgi?mode=view&no=25
縄文時代と同じ頃の西アジア
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2000dm2k/japanese/02/02-08.html
世界史テーマ研究 農耕の起源とドナウ文明
http://thaumazein.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-4947.html
ペットたちに「感謝」する日- 今日のことあれこれと・・・
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/7f3675e29c8f70d94b3af5d85ab12f8e
猫の日 - 今日のことあれこれと・・・
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/9455856dc1a307620fa3ffcaf2c27456